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横浜地方裁判所 昭和48年(行ウ)3号 判決

原告

吉永多賀誠

右訴訟代理人

竹田章治

被告

藤沢税務署長

高橋宗

右指定代理人

押切瞳

外五名

主文

原告の昭和四二年分所得税につき被告が昭和四五年一一月一六日付で原告に対してなした更正処分の取消を求める原告の請求につき本件訴を却下する。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

(一)  被告が原告の昭和四二年分、同四三年分、同四四分の所得につき、昭和四五年一一月一六日に、昭和四二年分の所得につき昭和四六年六月九日にそれぞれなした各更正処分を取消す。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

二、本案前の答弁

(一)  原告の本件請求中、昭和四五年一一月一六日付更正処分のうち、昭和四六年六月九日付更正処分によつて減額された残余部分を上回る部分の取消および昭和四六年六月九日付更正処分の取消を求める部分をいずれも却下する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

三、請求の趣旨に対する答弁

(一)  原告の請求をいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一、請求原因

(一)  原告は被告に対し、原告の昭和四二年分、同四三年分、同四四年分の所得税につき、別表(一)記載の(イ)欄のとおり、各確定申告をしたところ、昭和四五年一一月一六日、被告は同記載の(ロ)欄のとおり、いずれも更正処分をなし、昭和四二年分の所得税については更に昭和四六年六月九日、同記載(ハ)欄のとおり更正処分(以下単に本件再更正処分という)をなした。

原告は昭和四五年一一月一六日付各更正処分を不服として、国税不服審判所長に対し審査請求をなしたところ、昭和四七年一二月八日付でいずれも棄却の裁決を受けた。

(二)  被告は別表(二)記載の各顧問料収入を事業所得と認定して(但し、同表(二)(7)記載の五万円については、後に給与所得であると認定して再更正をした)、本件各更正、再更正処分を行つたものであるが、右収入は後記のとおりいずれも原告の確定申告どおり給与所得であると認定すべきであり、本件右各処分には所得の種類を誤つて認定した違法があるからその取消を求める。

二、本案前の答弁の理由

被告が原告の昭和四二年分の所得税についてなした本件再更正処分は、昭和四五年一一月一六日付で被告がなした原告の昭和四二年分の所得税の更正処分(以下単に当初の更正処分という)に基づく所得税額を減少させる減額再更正処分であるから、当初の更正処分は右再更正処分によつて、再更正処分を上回る限度において、その一部が取消されたというべきである。従つて、原告が取消を求める当初の更正処分のうち、当該部分の取消を求める部分はその法律上の利益はない。

また本件再更正処分は当初の更正処分の一部(減額される部分)を取消す効力のみを有する原告に利益な処分であるから、原告の本訴請求中、本件再更正処分の取消を求める部分はその法律上の利益がない。

三、請求原因に対する答弁及び被告の主張

(一)  請求原因(一)は認める。同(二)の事実のうち、別表(二)記載の金額につき、被告が原告主張のとおり同表(二)(7)記載の五万円に関し再更正し、その余の各顧問料を事業所得と認定したことは認め、その余は争う。

(二)  原告は別表(二)(1)ないし(6)記載の各顧問料(以下単に本件各顧問料という)による収入を得た。

(三)  右本件各顧問料収入は以下のとおりいずれも給与所得ではなく事業所得であるから、これに基づき課税標準、税額等を計算してなした本件各更正処分はいずれも適法である。

1 給与所得とは雇傭契約又はこれに準ずる関係に基づいて、使用者に専属的に業務に従事して提供した労務の対価として使用者から支払を受ける給付にかかる所得であり、事業所得とは、自己の危険と計算において独立に営まれる業務で、営利性有償性を有し、かつ反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められるもの(事業)から生ずる所得をいい、両者の本質的差異は、報酬と対価関係に立つ労務の提供が他人の指揮命令に服して専属的になされるか否かにある。

2 そして弁護士業等のいわゆる自由職業は、特殊の学識経験、才能に基づいて精神的労務を提供するもので、主として自己の労力に依存しながら従属的関係によらずに経済的利益の獲得を目的とするものであるから、その職業の特質からみて、弁護士等が物的人的設備を擁し、一般顧客の求めに応じて自己の有する学歴経験に基づいてなす役務提供の対価として得た報酬は、雇傭契約によつて受けたことの明らかな個々の報酬を除いて、原則としてその職業にかかる収入金額を構成すると解するのが相当である。

3 ところで本件各顧問料収入についてこれをみると、その態様は次のとおりである。

(1) 原告は第一東京弁護士会所属の弁護士であり、昭和四二年ないし同四四年当時は、自己の名による法律事務所を有し、使用人四人ないし六人(うち家族使用人二人を含む)を擁して継続的に弁護士業を営んでいる。

(2) 原告と別表(二)記載の各会社との間の本件顧問契約はいずれも口頭でなされ、勤務時間、勤務場所についての定めがなく、かつ常時数社と締結されており、特定の顧問先に専属していない。

(3) 原告は右各会社が随時質問してくる法律問題につき、依頼があつた都度、電話ないし原告の法律事務所において、専ら口頭で法律相談に応じ、その相談回数は半年または一年に一回とか、あるいは月に二、三回という場合もあつた。

(4) 顧問料はいずれも、一度定められると改訂されるまでの間は、相談談の回数や内容に拘りなく定額が毎月、一定の日時に支払われ、その支払いに際しては、弁護士の業務に関する報酬に該当するものとして計算された金額(一〇%)の所得税が源泉微収されている。

(5) 原告と前記各会社との間においては、いずれも顧問契約に関して、顧問料のほか、賞与に類するものは勿論、いかなる名目においても金員の授受はなく、いずれの会社も、原告につき、健康保険法および厚生年金保険法による保険料を徴収していない。

4 以上によれば顧問料の支払を受ける時期、金額は一定しているが前記各会社(顧問先)の指揮監督の下に組み込まれて専属的に役務の提供(法律相談)がなされたと認めることはできず、本件各顧問契約は、原告が独立的、継続的に営む弁護士業務の一環としてなしたものと認めるのが相当であり、右契約に基づいて原告が得た顧問料収入は給与所得ではなく、事業所得を構成するものというべきである。

四、被告の主張に対する原告の答弁等

(一)  被告の主張(二)は認める。

(二)  本件各顧問料収入は事業所得であるとの主張は争う。被告の主張(三)3の事実のうち、原告が弁護士であること、本件顧問契約がいずれも口頭でなされ、勤務時間、勤務場所についての定めがないこと、顧問契約による法律相談等は電話ないし法律事務所で、専ら口頭でなすこと、顧問料は相談等の回数等に拘りなく毎月、定時に定額、支払われていることは認める。

(三)  継続的労務供給契約に基づき定時に定額支払われる報酬は給与所得と解すべきであり(それ故、被告は別表(二)(7)記載の金額を給与所得と認定した)、所得税法は二以上の給与等の支払者から給与等の支払を受ける場合を規定しているから、身分的に専属的に業務に従事することはその対価たる報酬が給与所得として扱われるための要件ではない。

(四)  弁護士である原告が前記各会社と締結した本件顧問契約の場合、その業務内容(法律相談等)の特殊性から、労務の提供の方法が場所的、時間的に使用者に拘束されない点で一般の労働者と異なるにすぎず、右各会社から求められた相談、鑑定等を理由なく拒否できない点で拘束されており、その拘束に対する対価として、実際に労務の提供がなくても定時に定額の顧問料を受けるのであるから本件顧問料収入は給与所得である。

また本件各顧問料収入は自己の危険と計算に基づく所得でなく、本件各顧問契約による労務の提供が原告事務所において、ほとんど電話によつてなされるのであり、必要経費を認めることも妥当でないから、右顧問料収入は事業所得と解すべきではない。

第三  当事者が提出し、援用した証拠及びこれに対する相手方の答弁〈略〉

理由

一本案前の答弁等について

原告の昭和四二年分の所得税について被告がなした昭和四五年一一月一六日付更正処分(当初の更正)及び昭和四六年六月九日付更正処分(再更正)の取消を求める訴の適否について判断する。

更正と再更正とはいずれも税務官庁により行われる別個独立の処分ではあるが、いずれも、成立した一個の租税債務ないし納税義務をその正当な数額に具体化するための行為であり、再更正は再調査によつて判明した結果に基づいて、当初の更正にかかる課税標準等又はこれに基づく税額等を含め全体としての課税標準等又は税額等を確定する処分である(追加的処分ではない)から、再更正が有効になされると、当初の更正は再更正の処分内容としてこれに吸収され、一体的なものとなり、独立の存在を失うに到ると解するのが相当である。従つて、再更正がなされた場合には、更正及び再更正の瑕疵はすべて当該再更正に対する取消訴訟において主張することができ、かつそれによつて目的を達することができるから、それ以外に当初の更正を独立の対象としてその取消を求める利益はないというべきである。

右のことは減額再更正(但し、総所得金額は確定申告における総所得金額より多い)がなされた本件においても同様に解すべきである。従つて、本件再更正処分の取消を求める部分についてはその法律上の利益があるが、当初の更正処分の取消を求める部分は全部訴の利益がないからこれを却下すべきであり、右と見解を異にする被告の主張は採用しない。

二本案について

(一)  請求原因(一)は当事者間に争いがない。

(二)1  弁護士である原告が別表(二)記載のとおり取得した各金額につき、被告が同表(二)(1)ないし(6)記載の各収入金額(顧問料)を事業所得と認定して(同表(二)(7)については当初事業所得と認定して更正したが、後に給与所得と認定して再更正した)課税標準、税額等を計算して原告の昭和四二年分の所得税につき再更正処分を、昭和四三年分、同四四年分の所得税につき各更正処分を行つたことは当事者間に争いがない。

2  ところで、所得税法二七条にいう事業とは、自己の危険と計算において独立に営まれる業務で営利性有償性を有し、かつ反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められるものと解せられ、事業所得とは右事業から生ずる所得(山林所得又は譲渡所得に該当するものは除く。)であり、これに対し、同法二八条にいう給与等とは雇傭契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服し、これに従属して提供した労務の対価として使用者から支払を受ける給付と解され、給与所得とは右給与等に係る所得である。

3  そこで別表(二)(1)ないし(6)記載の各顧問料(本件各顧問料)収入が事業所得に該るかどうかについてみると、〈証拠〉によると、原告は昭和四二年ないし同四四年当時、自己の名による法律事務所を有し、使用人を四人ないし六人(うち家族使用人二人を含む)を擁して継続的に弁護士業(特定の事件処理のみならず法律相談等をもその業務内容としている)を営んでいること、別表(二)(1)ないし(6)記載の各会社と原告との間の本件各顧問契約において原告が負担している債務は法律相談等に応ずることであり、右本来の弁護士業の業務と同一の内容であること、右各顧問契約には勤務時間、勤務場所についての定めがなく、昭和四二年から同四四年までの間、常時数社と締結されている状態であること、右各顧問契約の具体的内容とその履行の態様は、原告が前記各社が随時質問してくる法律問題について依頼のあつた都度、原告の法律事務所において、多くは電話により、専ら口頭で法律相談等に応ずるというものであり、その相談回数は会社によつて異なるが、月に二、三回という所、半年に一回、一年に一回という所もあること、前記各会社においてはいずれも、本件顧問料は弁護士の業務に関する報酬に該当するものとしてその一〇%の所得税を源泉徴収のうえ(所得税法二〇四条、二〇五条)これを原告に支払つていること、以上の事実が認められ、右の事実を総合すると、原告がその危険と計算において経営する弁護士業が所得税法にいう事業に該当することは明白であり、本件各顧問契約はいずれも右弁護士業の一環としてなされていると認めるのが相当である。即ち、

原告は、その弁護士業における一般顧客の求めに応じ、自己の危険と計算に基づき、幾社との間でも本件と同様の内容、態様の顧問契約を締結することができ、現に常時数社との間で同様の顧問契約を結んでいるのであり、右の方法により弁護士業そのものを営んでいるというべきであつて、本件のような顧問契約を締結するのは原告の事業としてなしている本来の弁護士業の一経営方法にすぎないとみるのが相当である。従つて、本件各顧問料収入はいずれも右事業から生じたもの即ち事業所得に該当するというべきである。

原告は労務の提供に対し、その対価として継続的に定時に定額の支払がなされているから、本件各顧問料は給与所得である旨主張し、本件各顧問料が毎月、定時に定額支払われていることは当事者間に争いがないが、それは相談料(顧問料)の支払方法がその相談回数に拘りなく月ぎめで定額であるにすぎず、右事実のみを根拠として給与所得に該当するということはできないし、〈証拠〉によれば、原告と本件顧問契約を締結している前記各会社は本件各顧問料につき、健康保険法、厚生年金保険法による保険料を源泉控除しておらず、原告に対し夏期、年末手当や賞与等は一切支給しておらないことが認められ、右事実と前記認定事実(本件各顧問契約の履行の態様、それが常時数社と締結されていること等)を総合すると、原告が相談等を依頼された場合にこれを拒否すれば顧問契約を解除されるおそれがあるという程度に右依頼に拘束されるとしても、労務の提供(相談等に応ずること)が前記会社の指揮命令に服しているといえる程度に時間的又は場所的に拘束されているとは認められず、結局原告と右各会社と間における本件顧問契約関係の実態は雇傭関係ないしこれに準ずる関係ではないというべきである。

また本件顧問料収入を得るのに僅かしか経費がかからないことを根拠にこれを給与所得であるということもできない。

なお、別表(二)(7)記載の収入金額については、原告の本人尋問の結果によれば、弁護士業務とは全く関係のない労務に対する給付であり、事業所得に該当する余地がなく、また、理事という役職に基づき支給された役員報酬であつて顧問料ではないと認められるところから被告により給与所得と認定されたものであり、これと本件顧問料収入とは同一に解することはできない。

(三)  以上のとおり、本件各顧問料はいずれも給与所得ではなく事業所得に該当するから、これに基づき課税標準、税額等を計算してなした本件各更正、再更正処分はいずれも相当であつて、原告主張の所得の種類を誤つて認定した違法は存在しないから、原告の請求はいずれも理由がない。

三よつて、原告の請求中、原告の昭和四二年分の所得税についての当初の更正処分の取消を求める部分については前記一のとおり訴の利益がないから不適法な訴としてこれを却下することとし、その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(日野達蔵 吉岡浩 野崎惟子)

別表 (一)、(二)〈省略〉

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